2006年07月28日
【bjリーグ】河内コミッショナー・インタビュー

bjリーグ2年目のシーズンを迎える河内コミッショナーに、お話を伺いました。
「高校時代のエピソード~bjリーグを立ち上げた本当の理由」は、中島ブログにて。
私は、bjリーグ東京アパッチを1年間観て来た者として、もう少し違う観点から
お聞きしました。
■バスケがしたい!バスケがしたくなる!
「bjリーグの試合で、会場の皆さんに毎回レプリカボールを30個ずつ
プレゼントしているのには訳がある。
ボールがあれば、ドリブルしたくなる、そしてバスケがしたくなるから。」
と、河内さん。
「僕が小さい頃は、野球か相撲しか選択肢がなかった。
でも、今はサッカーもあるけれど、バスケもある。
ボールさえあれば、バスケは どこでも出来るスポーツだからね。」
河内さんは言葉を続ける。
「最近は、日本でも【バスケのシーン】を使ったCMを よく見るようになった。
アメリカの古い映画を見ると、親友同士や家族が語り合うシーンに、
バスケのシューティングをしながら等が出て来る。
日本では、さながら野球のキャッチボールというシーンと同じだろうか。」
「レプリカボールをプレゼントする事によって、家族や友達同士が
当たり前のようにバスケをする、そんな日本になる事を願って、
これからもプレゼントしていこうと思う。」
河内さんからお聞きして、ようやくボールを渡す意味が理解できたように思える。
※インタビュアーあとがき※
「公園にバスケコートを!それもアチコチに!そうしたら、
家族連れや子供達や若い人達が、そこでバスケを気軽に
するようになり、バスケをするのが当たり前になる。
そうする事によって、親が子供に初めて与えるボールが、
野球でもサッカーでもなく、バスケットボールになるかも知れない。
そうなった時、日本で初めて、バスケは文化に
なれるのかも知れない。」と、昔から私が言い続けて来たと伝えましたところ、
「公園にバスケコートというのは、そんなに簡単にいくつも、
すぐに作れる訳ではない。でもボールをプレゼントするというのは、
比較的カンタンに出来る事。そこから、“バスケに触れる事”を
広めていきたい…。」と、河内さんは おっしゃっていました。
■bjリーグ1年目を終えて
「スタートする前は、すごく不安だった。お客さんは入るのか?
1つのチームがブッちぎりで勝ってしまい、あとのチームは勝てなかったり、
選手が怪我して40ゲームも試合が出来ないのではないか等。
でも、僕が不安を口走ったら、周りの人も不安になるから言わなかった。」
と、河内さん。
1年目を終えて、「課題は2つある」と言う。
『自分達で解決できる課題』と、『自分達では解決できない課題』。
【自分達で解決できる課題】
「すなわちチームごとに出来る事。地域での社会貢献、ブースターの
皆さんと選手がもっと身近に感じられるような働きかけ、地域との
交流などを頑張ってもらいたい。」
【自分達では解決できない課題】
「行政のこと。例えば、良い時期・良い時間帯・良い場所の体育館を
確保して、試合や練習が出来るようにする事。
特に試合は必ず土日の2日連日を確保しなければならない。
これはbjリーグの一番の課題であり、クリアして行かなければいけない。」
そして、皆さんには記憶に新しい【bjリーグ・プレイオフ】。
2006年4月29・30日開催、2日間のプレイオフの会場を、開催の
2ヶ月前に「幕張メッセ」から「有明コロシアム」へ変更されたのを
覚えている人も多いと思う。
これは私個人の意見だが、アパッチ・ブースターである私自身は東京在住
なので、比較的冷静に受け止めていたし、幕張と有明の場所が近い事も
知っていたし、東京のホームコートに変わったからと言って色々な意味で
有利だとも思っていなかった。
むしろ、フジテレビが共催のプレイオフなので、お台場の近くである有明に
変更して、同時期に開催される「お台場学園2006~文化祭~」イベントと
連動企画をして頂き、観客数が増えるとイイな、とさえ思っていた。
しかし、地方から時間とお金を使って上京する、他チームのブースターの
皆さんの不安と怒りは一気に溢れ出た。
「宿泊先をパック旅行で予約してしまった。」
「なぜ東京アパッチのホームにした?公平な立場の場所で開催すべき。」
「しょせん金儲け。」
bjリーグの公式ブログには、皆さんからの批判や公式な説明を求める
書き込みで一杯になった。
「あの時、場所を変えた事を叩かれたのは悔しかった。
もっと、bjリーグの“試合の価値”を高めたいと思った。」
と、河内さん。
※インタビュアーあとがき※
河内さんへ質問した時に、河内さんは私が上記に書いた
プロセスを お話した際に、「ウンウン」と頷かれた後に、
「悔しい思いだった。場所が変わってもどこになっても
“観に行きたい!”と思ってもらえるように、
bjリーグの試合の価値を高めたいと思った。」と、
おっしゃっていました。
■そして2年目は?
bjリーグ発足当初、「韓国・中国・日本の3ヶ国でオールスター戦をおこなう。」
という予定を耳にした事があった。しかし時期尚早という事もあり、
1年目のオールスター戦は おこなわれなかった。
2年目は どうなるのだろう?
「bjリーグ自体が経験不足だった事もあるし、また特に中国プロリーグ
(CBA)は、2年後の北京オリンピックに関して多忙を極めている状態で、
スケジュールを合わせるのが難しいという問題があった。
そして、韓国プロリーグ(KBL)とbjリーグの対戦を考えた時、
オールスター戦よりも、むしろ両リーグ優勝チーム同士が対戦する方が、
盛り上がるし面白いと思う。」
と、河内さん。
私も、その対戦 観たいです。

■bjリーグ外国人枠について
例えば2005-2006シーズンの優勝チームは、外国人がオンザコート4の
時もある大阪エヴェッサであった。
プレイオフを私と一緒に見た友人は、「せっかくの日本のリーグなのに、
外国人の選手ばかりで何だか勿体無い。」と言っていたし、bjリーグ在籍の
選手からも「外国人枠を決めて欲しい。これではプレイタイムを奪われる
ばかり。」という意見を聞いた事がある。
これから、どうなっていくのだろう?
「プレイタイムを奪われるというのは、その選手の負け惜しみだと思う。
大阪エヴェッサがオンザコート4だとしても、その中で波多野選手は立派に
自分の地位を勝ち取った良い例。
練習でコーチに自分をアピール出来れば、試合でも使ってもらえる。」
「切磋琢磨して、外国人に負けないだけの日本人選手になって欲しいし、
地域の方々の多くは日本人である訳で、スーパースターの存在になれる
日本人選手を欲していると思う。
また、そのような日本人選手には、自然とファンも増えるし、スポンサーも
付くようになる。だから、外国人枠を設けようとは思わない。」
と、河内さん。
■今後bjリーグのチーム数は、いくつになる?
bjリーグは初年度6チーム(仙台・新潟・東京・埼玉・大阪・大分)から
スタートして、2年目はエクスパンション・チーム(富山・四国高松)が
2チーム増えて、全部で8チームになる。
アメリカNBAには現在30チームあるが、bjリーグの目指すチーム数は?
「アメリカに比べると、国土の大きさや人口、そしてレベルの問題もある。
だから、最終的にはトップリーグの方は、12チームがちょうど良いのでは。
ただし、1部と2部を作って、毎年 入れ替え戦を開催しようとも思っている。
それによって、昇格・降格の緊張感を持ってシーズンを送る事が出来る。」
と、河内さん。
■バスケがしたい!
冒頭に「レプリカボールをプレゼントする事によって、家族や友達同士が
当たり前のようにバスケをする、そんな日本になる事を願って、これからも
プレゼントしていこうと思う。」という河内さんの言葉があったが、河内さんの
娘さんと息子さんも、現在アメリカにバスケ留学中である。
「娘は、女の子なんだからバスケ留学までしなくてもと言ったけど、
どうしても(本場アメリカへバスケ留学を)したいという物だから。
そして息子も、今度向こうのサマーリーグに参加すると言っていた。」
と、目を細める河内さん。
映画のようなワンシーンが、当たり前になる日も、そう遠くない。
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Posted by vinko at
06:16
│bj 河内敏光コミッショナー


